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松山地方裁判所 昭和56年(ワ)649号 判決 1985年10月03日

原告 曽根昭二郎

右訴訟代理人弁護士 金澤隆樹

同 津村健太郎

被告 (日本電信電話公社訴訟承継人) 日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役 真藤恒

右訴訟代理人弁護士 横山茂晴

右被告指定代理人 土屋守之助

<ほか六名>

被告 市川海事興業株式会社

右代表者代表取締役 市川笹一

右訴訟代理人弁護士 安田彪

主文

一  被告両名は各自原告に対し、金七、三三六万五、四二一円並びに、内金六、八八六万五、四二一円については昭和五六年一月二日から、内金四五〇万円については昭和五七年二月一二日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告両名は各自原告に対し、金一億〇、一〇〇万四、七九九円並びに、内金九、二〇〇万四、七九九円については昭和五六年一月二日から、内金九〇〇万円については昭和五七年二月一二日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

仮執行宣言

二  被告日本電信電話株式会社

原告の被告日本電信電話株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行免脱宣言

三  被告市川海事興業株式会社

原告の被告市川海事興業株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

原告及び訴外尾崎尚也(以下、尾崎という。)は、後記の事故発生当時、松山潜水工事有限会社(以下、松山潜水という。)に勤務していたものであり、被告市川海事興業株式会社(以下、単に被告市川海事という。)は海運業、海洋開発等の業務を行なう会社である。昭和五三年一一月初めころ、被告日本電信電話株式会社(以下、単に被告電電会社という。)は大分県津久見市地無垢島沖で海底電線ケーブル埋設工事(以下、本件工事ともいう。)を施工していたが、同工事の潜水作業のため、被告市川海事に対し潜水夫の派遣方を依頼し、原告及び尾崎が同工事に従事することとなった。

2  (事故の発生)

発生日時 昭和五三年一一月七日午後三時ころ

発生場所 大分県津久見市地無垢島沖の被告電電会社の海底電線ケーブル埋設工事現場(以下、本件工事現場ともいう。)

原告及び尾崎は、右同日の午前から本件工事に関する潜水作業に就き午前中に既に三回潜水していたが、同日午後になって、海中のケーブル埋設機(以下、埋設機という。)からケーブル線を取りはずし、埋設機を回収するための潜水作業をするため、午後三時ころ潜水した。潜水前、原告は、埋設機のケーブルをはずすため埋設機の油圧バルブを回すよう説明されていた。

原告は、埋設機からケーブルを取り外す作業を終わったが、その時には酸素ボンベの空気がほとんどなくなっていたため、急いで浮上したところ、原告は、意識を失い、潜水病に陥った。(以下、この事故を本件事故という。)

3  (被告電電会社の責任)

(一) (被告電電会社の債務不履行による安全配慮義務違反)

原告と同被告との間には直接の雇用契約は存しないが、同被告と被告市川海事との間の請負契約を通じて、原告をもっぱら自らの指揮監督の下に置いて潜水作業に従事させるという点で雇用関係に類似する関係があり、このことから同被告には原告に対し信義則上、雇用関係におけると同様の安全配慮義務を負うべき関係が存する。

したがって、同被告は、使用者に準じて、もしくは労働安全衛生法等にいう事業者として、

(1) 労働安全衛生法六九条、高圧作業安全衛生規則二七条において定められている潜水作業時間の制限を厳格に守るため、右作業時間の管理を原告らにだけ任せ放しにしないで、自らも安全管理者を配置するなどして万全の管理をつくし、

(2) 緊急浮上の場合等の救急処置のため、管理責任者を定め、かつ再圧室を設置し(同規則四二条)

(3) さがり綱を備え(同規則三三条)

(4) 推進、潮流、機械の状態等の現場の状況を正確に把握して、原告らに的確な指示を与える

などして、原告が潜水病にかかるような危険の発生を防止し、もしくはその被害を最小限度にとどめるための方策を講ずる義務があった。ところが、同被告は、原告が、同日の午前中に既に高気圧作業安全衛生規則で定める一日当たりの作業時間を超える潜水作業に従事していたにもかかわらず、なお午後の潜水作業に従事させ、また、作業現場の船上等に救急措置のための人的並びに物的設備を何等設けないまま、漫然原告を潜水作業に従事させることにより、右安全配慮義務を怠り、よって本件事故を起こし、原告を潜水病にかからせた。

よって、被告電電会社は民法四一五条により、原告に対し、本件事故によって被った損害を賠償すべき責任がある。

(二) (被告電電会社の不法行為責任)

仮に、同被告に契約上の責任が認められないとしても、次のとおり不法行為責任がある。

(1) 一日の潜水が数度に及ぶ場合には、各潜水後の減圧は一定の深度で静止しなければならないのに、同被告の被用者たる現場監督者は、船を航行させたまま不安定な深度で減圧をさせたり、船上では安静状態での休憩を要するのにボンベの充填作業等をさせたため、疲労を蓄積させ減圧を不十分にさせた。

(2) 原告が当日の安全基準時間を超えた潜水作業に従事していたか、あるいは極めてその基準に近い時間潜水していたにもかかわらず、また、原告が「これ以上潜水したら事故を起こす可能性が高い。」とか「ポータブルロックを用意してほしい。」旨申し出たにもかかわらず、右現場監督者らは、ケーブルが損傷されるような緊急事態であったので、原告に対し潜水作業することを強く要請したため、原告はやむなく本件第四回目の潜水をした。

(3) 右現場監督者らは、原告及び尾崎に対し埋設機のケーブルを取り外す方法として、「埋設機に非常用ボックスがあり、この中に油圧バルブを回転させるハンドルがあるのでこれを使用して油圧バルブをまわすように。」と説明したが、非常用ボックスの蓋はさびついており、原告はこれを開くのに相当の力を要し、また、そのボックスの中にハンドルは存在しなかったので海上までハンドルを取りにいかざるをえず、同現場監督者らは、原告にいたずらに体力や作業時間やボンベの空気を消費させた。

(4) 右現場監督者は、作業現場の船上等にポータブルロックのような救急措置のための施設を設けたり、安全管理のための人員を配置したりしないまま、漫然原告に潜水作業に従事させた。

被告電電会社は、右安全配慮義務があるのにこれを怠り原告に潜水作業を命じ、よって原告を潜水病にかからせたものである。

よって、被告電電会社は、民法七〇九条及び七一五条により、被告市川海事と連帯して原告に対し、本件事故によって被った損害を賠償すべき責任がある。

4  (被告市川海事の責任)

(一) (原告と被告市川海事との関係)

被告市川海事は、昭和五三年一一月初めころ、松山潜水に対し、被告電電会社の前記工事について潜水夫二名の派遣を申し込んだ。この申込みは、請負ではなく、被告市川海事の従業員に潜水夫がいないことから、本件工事にかかる潜水業務のために、潜水夫を松山潜水より借り受け、被告市川海事の指示監督のもとにこれを従事させたいというものであって、いわば特殊技術者のリース契約の申込みと言うべきものであり、この契約では労賃は被告市川海事から松山潜水に支払われる(このような契約を常用契約という。)。松山潜水はこの申込みを承諾し、同社の従業員で潜水夫であった原告及び尾崎を本件工事に派遣した。

(二) (被告市川海事の責任)

原告は、右常用契約により、本件工事期間中は全く被告市川海事の指揮監督の下におかれ、従属的労使関係が発生するから、同被告との間は臨時雇用の関係になったというべきである。したがって、同被告は原告に対し、前述の被告電電会社が負うのと同じ安全配慮義務を負う。

仮に、臨時雇用の関係がなかったとしても、同被告は、右の常用契約を通じて使用者が被用者に負うべき安全配慮義務を負担する。

ところが、被告市川海事は、作業現場に安全管理並びに指揮監督のための人的並びに物的設備を全く配置せず、漫然、原告をして被告電電会社の指示監督にまかせたまま右安全配慮義務を全く怠り、原告を潜水病にかからせた。

よって、被告市川海事は民法四一五条により、もしくは同法七〇九条により被告電電会社と連帯して、原告に対し、本件事故により被った損害を賠償すべき責任がある。

5  (治療経過と後遺症害の発生)

原告は、本件事故により潜水病にかかり、昭和五三年一一月七日九州労災病院に入院して加療し、昭和五六年一月一日、後記後遺症害を残したまま同病院を退院し、同年一月八日、松山リハビリテーション病院に入院し、現在も入院加療中である。

原告は、右潜水病により両下肢痙性麻痺、第七胸骨髄節以下の知覚鈍麻、膀胱直腸障害の労災保険法施行規則所定第一級相当の後遺症害を被った。

6  (損害)

(一) (休業損害)

金五三三万四、三四六円

原告は、昭和二〇年二月二八日生の健康な男子で、松山潜水に勤務し、被災前五か月は、左記のとおりの給与をえていた。

昭和五三年六月分 金二一万九、〇〇〇円

同年七月分 金二五万一、〇〇〇円

同年八月分 金二四万五、〇〇〇円

同年九月分 金一八万七、〇〇〇円

同年一〇月分 金一七万九、〇〇〇円

合計  金一〇八万一、〇〇〇円

(一五三日間)

そして、昭和五三年一一月八日以降、休業を余儀なくされているのであるが、後遺症害確定の昭和五六年一月一日まで(七五五日間)に被った休業損害は、次の式のとおり金五三三万四、三四六円である。

(1,081,000÷153)×775=5,334,346

(二) (入院慰藉料) 金二七〇万円

前記のとおり後遺症害確定まで約二五月半の入院生活を余儀なくされた精神的苦痛を慰藉するためには、金二七〇万円が相当である。

(三) (入院雑費) 金三七万七、五〇〇円

一日当たり金五〇〇円とした七五五日間の合計額。

(四) (入院付添費用) 金四七万七、〇〇〇円

昭和五三年一一月七日から昭和五四年六月八日までの一五九日間、妻が原告の入院加療に付添ったが、その付添費用として一日当たり金三〇〇〇円として算出した金額。

(五) (後遺症害損害) 合計金八、八〇七万七、一八一円

(1) (逸失利益) 金四、七五〇万六、一四一円

前記のとおり後遺症害により、原告はその労働能力をすべて失った。そこで、前記後遺症確定から、本件傷害がなければ稼働可能な六七歳まで三一年間の得べかりし利益を、次の式のとおり年五パーセントの新ホフマン式計算により算出した金額。

(1,081,000÷153×365)×18,4214=47,506,141

(2) (介添費) 金二、五五七万一、〇四〇円

原告は後遺症害により今後歩行も出来ず、車椅子の生活を余儀なくされ、排尿排便も思うようには制御出来ず、余命の生活について妻その他の介添を欠かせないこととなった。そこで、年当たりの付添費を金一二〇万円として平均余命三九年間に要する費用を次の式のとおり年五パーセントの新ホフマン式計算で算出した金額。

1,200,000×21.3092=25,571,040

(3) (後遺症害慰藉料) 金一、五〇〇万円

後記のような後遺症害による精神的苦痛を慰藉するためには、金一、五〇〇万円が相当である。

(六) (弁護士費用) 金九〇〇万円

本訴を原告の両名代理人弁護士に委任するを余儀なくされ、そのために要する手数料並びに報酬の合計額。

よって、原告は、被告両名に対し、債務不履行に基づき、あるいは不法行為に基づき連帯して、右損害の合計額から労働者災害補償保険から給付をうけた金四九六万一、二二八円を控除した金一億〇、一〇〇万四、七九九円と、うち金九、二〇〇万四、七九九円については後遺症害確定後の昭和五六年一月二日から、うち金九〇〇万円は訴状送達の昭和五七年二月一二日から、それぞれ支払済みまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  (被告電電会社)

(一) 請求原因1(当事者)の事実は認める。同2(事故の発生)の事実中、原告が作業を終わった時、原告の酸素ボンベの空気がほとんどなくなっていたことは不知。本件事故発生の時刻は午後一時一五分ころである。その余の事実は認める。

(二) 同3(一)(被告電電会社の債務不履行による安全配慮義務違反)は争う。同被告と被告市川海事との契約関係は請負契約ではなく準委任類似の契約である。そして、両者の間で、潜水作業の安全確保は専門家である被告市川海事において負担する趣旨の契約がなされている。したがって、同被告は必要と認める潜水作業を指示し得るが、同被告の権限はいかなる潜水作業が必要であるかを判断することに止り、潜水作業時間の管理、安全管理者(テンダー)の配置、ポータブルロック(簡易な再圧室)の準備のような潜水作業の安全の確保の面については、被告市川海事の責任範囲に属する。そして、被告電電会社で必要と認めて指示した作業であっても作業上の危険があると判断される場合には、潜水夫において実施を拒否できる。また、同被告は潜水作業を事業とするものではなく、また、原告を雇用するものでもないから、労働安全衛生法にいう事業者には当たらない。

(三) 同3(二)(被告電電会社の不法行為責任)の事実中、船上にポータブルロックが設置されていなかったこと、油圧バルブを回してケーブルを着脱できることを説明したことは認め、原告が安全基準時間を超過した潜水作業をしていたこと、原告が同被告の現場監督者に対しポータブルロックを用意してほしいと申し出たこと、現場監者が原告に四回目の潜水作業を強く要請したこと、油圧バルブのボックスの中にバルブを回すハンドルがあると説明したこと、右ボックスの蓋がさびついていて、これを開くのに相当力を要したことはいずれも否認し、原告がハンドルをとりに海上に浮上しなければならなかったりして、いたずらに体力や作業時間を消費したことはいずれも不知。不法行為責任は争う。

(四) 同5(治療経過と後遺症害の発生)の事実中、原告が本件工事で潜水病にかかったこと、原告が昭和五三年一一月七日九州労災病院に入院し、昭和五六年一月一日に退院するまで同病院で治療を受けていたことは認める。その余は不知。

(五) 同6(損害)の事実は不知。

2  (被告市川海事)

(一) 請求原因1(当事者)の事実は認め、同2(事故の発生)の事実中、事故の発生日時、場所はほぼ認め、その余の事実は不知。

(二) 同4(一)(原告と被告市川海事との関係)の事実中、被告市川海事が松山潜水に対し被告電電会社に潜水夫二名の派遣を要請したことは認めるが、これは被告市川海事のためではなく、被告電電会社の指示に従い同被告のために要請したにすぎない。常用契約については不知。その余の事実は否認する。被告市川海事は、本件工事に一切関与していないし、同被告と原告との間に一切の契約関係はない。同4(二)(被告市川海事の責任)は争う。

(三) 同5(治療経過と後遺症害の発生)の事実中、原告が潜水病にかかったこと、同事実に記載の各病院で治療を受けたことは認め、その余は不知。

(四) 同6(損害)の事実は不知。

3  (被告電電会社の主張する本件事故の原因)

安全基準時間を超えて作業したことは本件事故とは直接の因果関係はない。本件事故の原因は、原告が空気ボンベの残圧が零に近くなるまで海底に潜水していたため急速に浮上しなければならなかったこと、浮上途中の海中に減圧のための予備ボンベを用意しておかなかったこと、及び、船上に再圧タンク(ポータブルロック)が用意されていなかったため再圧ができなかったことにある。そして、再圧タンクを用意するのは前述のとおり被告電電会社の責任範囲に属さず、被告市川海事の責任範囲である。

三  抗弁

1  (労働者災害補償保険からの給付)

原告は、本件事故に関し労働者災害補償保険から金七一〇万七、四〇〇円の給付を受けた。

2  (過失相殺)

本件事故の原因は右のとおり急速に浮上したこと、予備タンクを用意していなかったこと及び再圧タンクを用意していなかったことであり、これらは原告の過失である。

四  抗弁に対する答弁

1  (労災保険について)

被告電電会社主張の保険金の給付を受けた事実は認める。

2  (過失相殺について)

油圧バルブ等に関する被告電電会社の担当者の説明が正しかったならば空気ボンベの空気は十分足りたはずであり、また、減圧のためのロープをたらさなかったのはそれが船上になかったためである。

ボンベの残圧が零に近くなるまで海底で作業したのは、予想に反し油圧バルブのあるボックスの蓋がなかなか開かなかったことや、油圧バルブを回わすハンドルがなかったこと、及び窒素酔いによる浮上時刻の判断ミスによる。したがって、原告が浮上の開始に遅れたとしてもやむを得ず通常の判断力を基準にするべきではない。また、事業者の安全配慮義務は労働者の過失が当然に有りうべきことを前提にしたものであり、労働者になんらかの過失があるからといって当然に過失相殺の対象であると考えるべきではない。

第三証拠《省略》

理由

一  (原告と被告電電会社との間に争いのない事実)

原告及び尾崎は、本件事故発生当時、松山潜水に勤務していた者であり、被告市川海事は海運業、海洋開発等の業務を行なう会社であり、昭和五三年一一月初めころ、被告電電会社が本件工事の潜水作業のため、被告市川海事に対し潜水夫の派遣方を依頼し、原告及び尾崎が同工事に従事することとなったこと、昭和五三年一一月七日午後、大分県津久見市地無垢島沖の本件工事現場で、原告主張の事故が発生し(但し、浮上のとき原告のボンベの空気がほとんどなくなっていたことは除く。)、原告が潜水病にかかったこと、船上にポータブルロックが設置されていなかったこと、原告に対し油圧バルブを回してケーブルを着脱できることを説明していたこと、原告が昭和五三年一一月七日九州労災病院に入院し、昭和五六年一月一日に退院するまで同病院で治療を受けていたこと、原告が同被告主張のとおりの保険金の給付を受けたことは、いずれも原告と被告電電会社との間で争いがない。

二  (原告と被告市川海事との間に争いのない事実)

原告及び尾崎は、本件事故発生当時、松山潜水に勤務していた者であり、被告市川海事は海運業、海洋開発等の業務を行なう会社であり、昭和五三年一一月初めころ、被告電電会社が本件工事の潜水作業のため、被告市川海事に対し潜水夫の派遣方を依頼し、原告及び尾崎が同工事に従事することとなったこと、本件事故が原告主張の日時、場所で発生したこと、原告が潜水病にかかったこと、原告が原告主張の各病院で治療を受けたことは、いずれも原告と被告市川海事との間で争いがない。

三  (事故発生に至る経緯)

右争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  原告及び尾崎は松山潜水に勤務する者であったが、昭和五三年一一月初めころ、松山潜水は、被告市川海事から被告電電会社の本件工事のため二人の潜水夫を派遣してほしい旨の依頼を受けたので、原告及び尾崎を本件工事に従事させることとした。

2  昭和五三年一一月五日原告及び尾崎は、本件工事現場の近くの宿泊先である大分県津久見市に赴いた。同日、同人らは津久見港内の船上において、被告電電会社の技術課調査係長である中島章(以下、中島という。)から、海底ケーブル埋設機の説明を受け、埋設機からケーブルを取りはずす方法として、船上からの遠隔操作による方法、埋設機に設置されている手動用ケーブル離脱バルブ(以下、手動用バルブという。)を回す方法、及び同機に設置されている非常用ケーブル離脱バルブ(以下、非常用バルブという。)を回す方法があり、右手動用バルブ及び非常用バルブが回りにくい場合は別の工具(ハンドル)を使って回す旨説明を受け、原告自身もそのとき実際にバルブを回してみた。

3  本件工事において使用された船舶は、埋設機を引く母船(牽引船)、埋設機に送水したり遠隔操作をする設備をのせたポンプ船、潜水夫が作業のとき乗るダイバー船などであり、母船には被告電電会社の工事長三島一志(以下、三島という。)が乗り工事の指揮監督を行ない、ポンプ船には埋設機を管理操作する中島が乗り、両船にはダイバー船へ無線機で連絡するための連絡員がおり、ダイバー船にも無線連絡による指示をうけるため同被告の従業員が乗っていた。なお、本件工事現場にはポータブルロック(簡易な再圧室)などの救急設備はなく、また、潜水夫のための安全管理者もいなかった。

4  昭和五三年一一月七日、原告及び尾崎は、午前中から工事長の三島の指揮監督の下で潜水作業を行ない、第一回目の潜水は午前九時五分から九時一五分までの一〇分間、水深三〇メートルの所で作業し、第二回目の潜水は午前九時三五分から九時四五分までの一〇分間、水深三〇メートルの所で作業をした。その後原告らは休憩を取ったが、その休憩中原告及び尾崎は空になった空気ボンベに空気を充填するなどの作業をした。その後午前一〇時四五分から第三回目の潜水をし、午前一一時五分までの二〇分間、やはり水深三〇メートルの所で作業をした。

5  午前一一時半ころ、埋設機に異常が発生したためケーブルの埋設は中止された。そして、午後の作業では埋設機を引き上げることとなったが、埋設機を引き上げるためには埋設機からケーブルを取り外す必要が生じ、中島はポンプ船上からの遠隔操作によってケーブルを外そうと試みたが外れなかった。そこで、原告及び尾崎に手動用バルブによってケーブルを外すように指示した。

なお、原告は、このとき、「これ以上潜水したら事故を起こす可能性が高い。」とか「ポータブルロックを用意してほしい。」旨申し出たが、緊急事態だったので、そのまま潜水するように強く要請された旨主張しているが、ポータブルロックは申し出れば直ちに準備できるものではないから、午後の潜水の直前になって、申し出るということは考えられず、また、右主張にそう証拠は原告の各本人尋問の結果しかないことを併せ考えれば、右主張は認めることはできない。また、原告の本人尋問の結果によれば、中島は原告らに対し非常用バルブを回すように指示した旨供述しているが、証人中島の証言によれば、非常用バルブを回すとその後埋設機を使用することができなくなることが認められ、また、非常用バルブを回す程の緊急事態であったとは認められないから、原告の右供述は俄かに措信できない。

6  原告及び尾崎は、右指示に従い、午後一時ころ潜水したが、バルブが容易に回らなかったため、尾崎がハンドルを取りに海上に浮上し、再び潜水した。そのため、潜水時間は潜水開始時の予想より長くなってしまった。

なお原告は、各原告本人尋問において、このとき非常用バルブを開けようとした旨供述しているが、前述のとおり原告は手動用バルブを回すように指示されていたこと、及び証人中島の証言によれば、事故後埋設機の非常用バルブは回されていなかったことがそれぞれ認められるから、原告の右供述は措信できない。

7  原告は第四回目の潜水は午後一時から一時一〇分までの一〇分間、水深四八メートルの所で右作業を行なったが、作業が終わった時、原告の空気ボンベの空気残圧は0に近くなっていた。そこで原告は急いで海上に浮上したところ潜水病により意識を失った。

8  被告電電会社は潜水病治療のための再圧室やポータブルロックなどの救急設備を準備していなかったので、原告は直ちに津久見市の病院に運ばれ、その後、ヘリコプターで北九州市の病院に入院した。

四  (原告の潜水病の原因)

原告は、原告が潜水病にかかった原因のひとつに、原告が潜水の安全基準時間を超過した潜水をしたことをあげているので、この点について検討する。

《証拠省略》には、原告は第一回目の潜水と第二回目の潜水との間に二〇分しか休憩時間がなかったから、第一回目と第二回目の潜水は二〇分の休憩時間も含めて潜水が継続していたものとして潜水時間を計算するべきであり、この計算によれば、第三回目の潜水が終了した時点で四八メートルの深度の潜水をするには安全基準の時間を超えることになるという。

ところが、《証拠省略》によれば高気圧作業安全衛生規則に定める潜水時間を計算するには、休憩時間が短い場合にその時間を潜水時間として計算に入れることは要求されてはいないし、また、海上に出ているときに血液中の窒素が放出されることがあっても溶解することはないから、理論的にも右供述などは安全基準時間を算出する基礎とする必要性はない。

そこで、この見解にしたがって、《証拠省略》及び同規則に基づき前記認定の潜水作業の事実から、原告の潜水時間、体内ガス圧係数などを計算すると次のようになる。

なお、以下の修正時間とは、前回の潜水の浮上が終わったときの体内ガス圧係数とその後の経過時間から当該潜水時の体内ガス圧係数を求め、その体内ガス圧係数が当該潜水の深度では何分潜水した時に相当するかを求めたものである。また、体内ガス圧係数及び修正時間を算出する為の潜水時間には浮上時間を除かなければならないが、《証拠省略》によれば、原告は第一回目から第三回目までの潜水のときあまり浮上時間を取っていないことが認められるから、《証拠省略》記載の潜水時間を全部潜水時間として計算してもさしつかえないと考えられる。逆に、浮上時間をとっていないことは浮上後の体内ガス圧係数を《証拠省略》の別表二(以下、単に別表二という。)の値よりも高くする可能性があるが、ここではそれは考慮しない。

まず、第一回目及び第二回目の潜水は、いずれもその潜水深度は三〇メートルで、潜水時間は一〇分間で、その間の休憩時間は二〇分である。そして、《証拠省略》によれば、大気中での体内ガス圧係数の減少は極めて少ないものであるから、第一回目と第二回目の潜水は連続して潜水したものと考えることができる(但し、休憩時間は除く。)。すると、合計潜水時間は二〇分間となり、別表二によれば、第二回目の潜水の終わった時点で体内ガス圧係数は一・四となる。

次に第三回目の潜水を開始したのは、第二回目の潜水の終了した午前九時四五分から一時間後の一〇時四五分であるから、右三一図によればその時の体内ガス圧係数は約一・二八であり、修正時間は三一図によれば約一八分となる(甲第六号証の別表三によれば修正時間は約一五分となるが、同表は簡易な計算をするものであり、三一図の方が正確であるから、三一図の結果を採用する。)。そして、第三回目の潜水の深度は三〇メートルであり、潜水時間は三八分(潜水時間は当該潜水時間二〇分と修正時間一八分とを合計する。同規則二七条二号)として計算することになるから、別表二によれば、第三回目の潜水が終了した時の体内ガス圧係数は一・六となる。

次に、第四回目の潜水について検討するに、第四回目の潜水の深度は四八メートルであるから、別表二によれば深度四八メートルにおける一日に潜水しうる潜水時間は八六分であり、また、別表二及び同規則二七条一号イによれば四八メートルに一回で潜水出来る時間は八〇分以下であるところ、既に四〇分間(修正時間を除いた第三回目までの潜水時間の合計)潜水しているから、結局、第四回目に潜水できる時間は四〇分ということになる。したがって、第四回目までの潜水について、その潜水時間だけをみてみれば、同規則の定める基準を超えてはいないと認められる。

しかし、第四回目の潜水は、第三回目の潜水の終了した一時間五五分後に行なわれているから、その時の体内ガス圧係数は三一図によれば一・三となり、修正時間は三一図によれば約一二分となる。そして、第四回目の潜水時間は約一〇分間であるが、第四回目の潜水における体内ガス圧係数及び浮上時間を算出するために当該潜水時間に右修正時間一二分を加えると(同規則二七条二号、三一条二項)潜水時間は二二分として計算することとなる。したがって、別表二によれば、第四回目の潜水が終了した時の体内ガス圧係数は一・七であり、浮上時間は四五分(深度六メートルで一六分、深度三メートルで二八分)が必要となる。ところが、原告は、前記のとおりこの浮上時間を全くとらずに急浮上したことが認められる。

一方、原告の空気ボンベの給気能力について検討すると、《証拠省略》によれば次のことが認められる。

原告の使用していた空気ボンベは二〇リットル入りで一五〇気圧の空気を注入しており、空気は結局三〇〇〇リットル入っていることになり、原告は通常大気中で一分間で三〇リットルの空気を使用するから、次の式のとおり、深度四八メートルでは約一七分間潜水できる。

(20×150)÷(30×5.8)≒17(分)

(5.8は絶対圧力)

そして、第四回目の潜水の浮上時間中の空気の使用量は次の式によれば、原告の空気ボンベの給気能力の三分の二弱であることになる。

(30×1.6×16)+(30×1.3×28)=1860(リットル)

(1.6及び1.3は絶対圧力)

また、《証拠省略》によれば、労働条件により一分当たりの空気の使用量は大きく異なることが認められるから、原告が主張するように一〇分間で空気ボンベの空気のほとんどを使用してしまうことも十分考えられる。したがって、原告の第四回目の潜水は空気ボンベの給気能力を超える可能性が極めて高かったといえるから、原告が急浮上したのもやむをえなかったとも考えられる。

以上のことに照らすと、原告は、第三回目までの潜水により体内ガス圧が高くなっていたことに加え、第四回目の潜水において急浮上したことで、本件潜水病にかかったと考えられる。即ち、仮に四八メートルの潜水の前に全く潜水をしていなければ、第四回目の潜水時間は一〇分であったから、別表二によれば水深四八メートルに一〇分間潜水した場合浮上時間は僅か八分ですみ、さらに、《証拠省略》によれば浮上時間を取らなくても潜水病にかからない可能性があったと認められる。したがって、被告電電会社の主張のように原告が急浮上したことだけが潜水病の原因であると考えることは正当ではなく、そのことに加え、第四回目の潜水までに潜水を繰り返すことにより体内ガス圧係数が高くなっていたことも同様に原因のひとつと認めるのが相当である。

五  (被告電電会社と被告市川海事との関係)

《証拠省略》によれば、本件工事につき、被告電電会社と被告市川海事との間で潜水作業に関する契約が締結され、被告市川海事は被告電電会社の潜水作業を行なうことになっていたが、その契約書には、被告市川海事は被告電電会社の監督または指示に従って、潜水作業をすること、契約代金は潜水作業完了後、作業内容によって確定する旨記載されている。この事実によれば、右契約の法的性質は請負ではなく請負に類似した準委任であると解される。

そして、《証拠省略》によれば、被告市川海事は、潜水作業中は終始同被告の者かその代理人を現場に常駐させ、潜水作業に関する一切の事項を処理し、同被告が労働安全衛生法、同規則、高気圧作業安全衛生規則などを遵守し同被告の責任において災害の防止に務めることを約していることが認められる。

六  (被告市川海事と原告との関係)

《証拠省略》によれば、

(一)  松山潜水が潜水夫を派遣する方法には、請負の場合と潜水業者の間で常用契約と呼ばれている契約の場合とがあること、請負の場合には、工事を一括して発注者から引き受けるものであり、松山潜水自身で工事の見積書及び施工計画書を作成し、その施工計画書に基づいて松山潜水が一切の管理をして作業を進め、潜水作業の監督者も松山潜水から出すといった形態であること、これに対し常用契約の場合は、単なる潜水夫の貸借であり、指揮監督は派遣を依頼した会社が行ない、潜水作業の具体的内容は松山潜水では知ることはできず、潜水作業の監督者も、特に依頼先から指示がない以上松山潜水からは出さないといった形態であること、代金については、請負の場合は作業につき一括して決定されるが、常用契約の場合は、両立表に基づき潜水の深度、日数等により決定されること

(二)  本件においては、松山潜水に対し被告市川海事からは単に二名の潜水夫の派遣の要請があっただけであり、松山潜水で見積書、施工計画書等の作成はせず、代金も両立表によって決定したこと、被告市川海事からは監督者の派遣の要請もなかったこと、代金は被告市川海事から松山潜水へ支払われたこと

がそれぞれ認められ、これらを覆すに足りる証拠はない。右事実によれば、被告市川海事と松山潜水との間の契約は右にいう常用契約であると認められる。そして、常用契約は請負ではなく、松山潜水から被告市川海事に対する潜水夫の貸借契約に類似したものであると認められる。

なお、《証拠省略》によると、本件工事より前に原告らが被告市川海事の依頼で福岡、壱岐間の海底ケーブルの設置工事について潜水作業をしたことがあるが、このときは松山潜水でポータブルロックや安全管理者を用意したことが認められる。しかし、このときの契約内容が本件の契約と同一のものかどうかは明らかではないから、この例をもって本件の契約内容を云々することはできない。

七  (被告電電会社の責任)

原告と被告電電会社との間には何等直接の契約は締結されていない。したがって、原告と被告電電会社との間には雇用関係はなく、被告電電会社は雇用関係に付随する義務としての安全配慮義務を負うものではない。しかし、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、これらを覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、潜水作業の具体的内容について被告市川海事からは何も報告を受けず、潜水作業の前日の昭和五三年一一月五日、本件工事の現地において被告電電会社の従業員などから初めて具体的な業務の内容、埋設機の説明などを受けた。

(二)  本件工事現場には被告市川海事の従業員あるいはその代理人は一人も派遣されていなかった。

(三)  本件工事は被告電電会社が直接行なうものであり、工事に必要な各船舶は同被告が借り上げ管理するものであり、埋設機は同被告のものである。

(四)  原告の潜水作業は埋設機の管理の補助であり、原告は被告電電会社の借り上げたダイバー船に乗り、同乗している同被告の従業員が母船に乗った同被告の工事長三島及びポンプ船に乗った同被告の調査係長の中島から無線機で作業の指示を受け、原告及び尾崎はこの指示に従って作業を行なった。

(五)  原告は、作業中はダイバー船に乗り休憩時は母船に乗り移ったが、いずれも被告電電会社の監督の下にあった。

右各事実を総合すれば、同被告は、原告を同被告の支配管理下にある作業現場において、同被告の従業員の直接の指揮監督の下に作業させていたと認められる。このような場合、同被告はたとえ原告との間に雇用契約がなくとも、自己の支配管理する場所において自己の指揮監督で働かせている以上、労働安全衛生法に定める安全配慮義務等を負うと解すべきである。なお、同被告は、潜水作業については全く専門外であるから、労働安全衛生法にいう事業者ではない旨主張するが、同法にいう事業者は各作業について知識を有するかどうかについて何も問うものではないから、右主張は理由がない。

したがって、被告電電会社は同法、同規則及び高気圧作業安全衛生規則等に定める次のような義務を負うと解すべきである。

(一)  高気圧作業安全衛生規則に定める潜水作業時間を超える潜水をさせない。(同規則二七条)

(二)  前述のとおり、四回目の潜水においては、潜水可能の残時間は約四〇分であったが、原告の体内ガス圧係数及び浮上時間を考慮に入れれば空気ボンベの給気能力は長くても一〇分間位の作業しかできないものであった。したがって、潜水直前に潜水夫に対し、当該潜水作業に使用するボンベの給気能力を知らせ、また、潜水作業者に異常がないかどうかを監視する者を置き(同規則二九条)、予備ボンベを水中に下げるなどの措置をすること。

(三)  同規則の定める浮上時間を遵守させ、その浮上時間を短縮するときは浮上後、再圧室に入れるなど適切な措置をすること。(同規則三一条、三二条)

(四)  潜水夫が潜降し、及び浮上するための下がり綱を備えること。(同規則三三条)

(五)  再圧室を設置するか、またはそれを利用できるような措置を講じること。(同規則四二条)

しかるに同被告は、右(二)の義務に違反し安全管理者を置かなかったため原告に対し、第四回目の潜水前にボンベの給気能力について十分教えることができないまま原告に潜水作業を指示した。原告はその指示に従いその作業を完了させるため空気ボンベの給気能力の限界まで潜水作業を行ないそのため急速に浮上せざるを得なかったこと、右(三)の義務に違反し再圧室を設置しなかったため原告に対する救急措置を適切に行ない得なかったこと、同被告は、これらの義務を尽さず漫然と原告自身による安全配慮に委ねて潜水作業を行なわせたことに因って本件事故を惹起させ原告をして潜水病にかからせたものと認めることができる。

八  (被告市川海事の責任)

前述のとおり松山潜水と被告市川海事との間には、潜水夫の賃貸契約に類似した常用契約が締結されているが、原告は同被告から直接給料を支給されるものではないから、原告と同被告との間に雇用契約は存在しない。

しかし、前述のとおり、右常用契約においては、潜水作業の監督は依頼主である同被告が行なうことになっていること、同被告は被告電電会社に対しても契約上災害防止の義務を負っていること、被告電電会社には潜水の知識を有するものはいないから被告市川海事が原告の安全を保護しなければ他に本件工事現場には安全を保護する者はいないことなどを併せ考えれば、被告市川海事は、原告個人に対して潜水作業の安全を管理し、原告の安全を配慮すべき義務を負うと解するのが相当である。そして、被告市川海事が負う安全配慮義務の具体的内容は、被告電電会社の負う前記義務と同一であると考えられる。

ところが、前述のとおり、被告市川海事は、本件工事現場に安全管理及び指揮監督のための人員を全く派遣せず、原告を被告電電会社の指示監督に任せたことが認められる。したがって、被告市川海事は右安全配慮義務違反の不作為によって原告を潜水病にかからせたものと認められる。

九  (治療経過と後遺症害の発生)

《証拠省略》並びに前記の当事者間に争いのない事実を総合すれば、原告は、本件潜水病の治療のため昭和五三年一一月七日から北九州市の九州労災病院に入院して加療し、昭和五六年一月一日後遺症害が確定して同日退院したこと、同年一月八日から、松山リハビリテーション病院で入院、加療し、昭和五七年八月三一日退院したこと、その後も仕事に就けず、現在身体障害者訓練学校に通っていること、原告は現在、右潜水病により、両下肢痙性麻痺、第七胸骨髄節以下の知覚鈍麻、膀胱直腸障害の労働者災害補償保険法施行規則所定第一級相当の後遺症害を有していることがそれぞれ認められる。

一〇  (損害)

(一)  (休業損害)

《証拠省略》によれば、原告は被災前五か月間に、左記のとおりの給与をえていたことが認められる。

昭和五三年六月分 金二一万九、〇〇〇円

同年七月分 金二五万一、〇〇〇円

同年八月分 金二四万五、〇〇〇円

同年九月分 金一八万七、〇〇〇円

同年一〇月分 金一七万九、〇〇〇円

合計 金一〇八万一、〇〇〇円

(一五三日間)

そして、前述のとおり、原告は本件潜水病の治療のため、昭和五三年一一月七日から後遺症害確定の昭和五六年一月一日まで入院を続け、休業を余儀なくされたことが認められる。したがって、この期間のうち七五五日間に原告が被った休業損害は、右給与額を基礎にすると、次の式のとおり金五三三万四、三四六円であると認められる。

(1,081,000÷153)×775=5,334,346

(二)  (入院慰藉料)

前記のとおり、原告は後遺症害確定まで約二五月半の入院生活をしたことが認められ、原告の潜水病が重症であったことなどを考慮すれば、その精神的苦痛を慰藉するためには、金二七〇万円が相当であると認める。

(三)  (入院雑費)

前述のとおり、原告は本件潜水病の治療のため昭和五三年一一月七日から昭和五六年一月一日まで入院を続けたことが認められ、一日当たりの入院雑費は金五〇〇円が相当であるから、右入院期間の内七五五日間の入院雑費の合計額は金三七万七、五〇〇円が相当であると認める。

(四)  (入院付添費用)

《証拠省略》によれば、昭和五三年一一月七日から昭和五四年六月八日まで、原告の妻が原告の入院加療に付添ったことが認められ、その付添費用として一日当たり金三〇〇〇円が相当であるから、右付添期間のうち一五九日間の付添費用の合計額は金四七万七、〇〇〇円が相当であると認める。

(五)  (逸失利益)

原告は前述のとおり労働者災害補償保険法施行規則所定第一級に相当する後遺症害を被り、《証拠省略》によれば、その後遺症害により今後歩行も出来ず車椅子の生活を余儀なくされ、排尿排便も思うようには制御出来ず、今後の生活については妻その他の介添を欠かせないことが認められるから、原告は本件後遺症害によりその労働能力をすべて失ったと認められる。そして、原告は昭和二〇年二月二八日生まれであるから、前記後遺症害確定(昭和五六年一月)から本件傷害がなければ稼働可能な六七歳までの期間は三一年間である。したがって、この期間の得べかりし利益は、次の式のとおり年五パーセントの新ホフマン式計算により算出した金四、七五〇万六、一四一円が相当であると認める。

(1,081,000÷153×365)×18.4214≒47,506,141

(六)  (介添費)

前述のとおり、原告は本件後遺症害により今後歩行も出来ず、車椅子の生活を余儀なくされ、排尿排便も思うようには制御出来ず、今後の生活について妻その他の介添を欠かせないことが認められる。そして、年当たりの介添費は金一二〇万円が相当であり、後遺症害の確定した昭和五六年からの原告の平均余命は少なくとも三九年間あるとするのが相当である。したがって、その間の介添費は、次の式のとおり年五パーセントの新ホフマン式で算出した金二、五五七万一、〇四〇円が相当であると認める。

1,200,000×21.3092≒25,571,040

(七)  (後遺症害慰藉料)

前述の原告の本件後遺症害の程度、それによる精神的苦痛その他諸般の事情を考慮し、後遺症害の慰藉料は金一、三〇〇万円が相当であると認める。

(八)  (弁護士費用)

原告が原告の両名代理人弁護士に訴訟を委任していることは当裁判所に明らかであるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は被告両名が事故の責任を全く否定するため本訴を提起せざるを得なくなったことが認められ、その他訴訟の経緯及び本訴の認容額などの事情を総合すれば、原告が本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用は金四五〇万円が相当であると認める。

(九)  (保険金の受領)

原告が本件事故に関し、労働者災害補償保険から金七一〇万七、四〇〇円を受領したことは当事者間に争いはない。

一一  (過失相殺)

前述のとおり、原告は被告市川海事と松山潜水との間の常用契約に基づき本件工事に派遣されたから、被告市川海事は原告に対し安全を配慮すべき義務を負っていたというべきであるが、前述のとおり工事現場には同被告の者は誰もいなかったこと、被告電電会社にも潜水作業の安全管理をする者は誰もいなかったこと、原告は本件工事現場では最も潜水に関する経験を豊富に持っていたことがそれぞれ認められるところ、《証拠省略》によれば、原告自身もこれらの事実を認識していたにもかかわらず被告市川海事、松山潜水あるいは被告電電会社に対し安全管理者の配置、ポータブルロックの設置などを要求していないこと(原告はポータブルロックの設置を要求したと供述しているが、前述のとおり、この供述は措信できない。)また、原告は潜水の知識を十分有し、潜水時間の安全基準や浮上時間の計算、空気ボンベの給気能力も十分計算し得たにもかかわらず、それをしなかったことがそれぞれ認められる。そして、事故の原因について前述したところによれば、原告が予め安全管理者を用意するよう要求し、安全管理者が来るまで潜水作業をしないで待ち、安全管理者の指示に基づいて潜水作業をし、同人に海中に予備ボンベを下げてもらうなどし、また、空気ボンベの給気能力に十分注意し、同ボンベの残圧に気を配っていれば、本件事故は防止できていた可能性が認められる。したがって、原告の右に述べたような不作為は本件事故を惹起せしめる原因のひとつと考えられ、これは原告の過失ということができる。

しかしながら、《証拠省略》によれば、原告の勤務していた松山潜水は小会社であり、原告は被告電電会社の指揮命令に従わず、原告から種々の要求をするということは極めて困難な立場にいたこと、第四回目の潜水は四八メートルの深海であり、このような深海では潜水夫は容易に窒素酔いにかかり判断力が鈍り空気ボンベの残圧に十分気を配ることが困難になることが認められる。このような事情を総合してみるならば原告に過失があったとしても、その割合は多くても二割であると認めるのが相当である。

よって、原告が本件事故により被った損害の合計額は金九、九四六万六、〇二七円となり、これから弁護士費用金四五〇万円を控除した額に八割を乗じた額は金七、五九七万二、八二一円であるところ、原告は前記の如く保険金七一〇万七、四〇〇円を受領しているから、これを右額から控除した金六、八八六万五、四二一円と弁護士費用金四五〇万円との合計額金七、三三六万五、四二一円が原告の請求しうる額である。そして、原告の損害は客観的に被告両名の共同の過失行為によって生じたと認められるから、被告両名は連帯して右金員の支払義務を負うべきである。

一二  (結論)

以上によれば、本訴請求は、不法行為責任に基づき被告両名に対し各自、金七、三三六万五、四二一円と、内金六、八八六万五、四二一円について後遺症害確定後である昭和五六年一月二日から、内金四五〇万円について訴状送達の日である昭和五七年二月一二日からそれぞれ支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項但書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱の申立は相当でないからこれを却下して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中根與志博 裁判官 蜂谷尚久 岡文夫)

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